東京の山谷といえばドヤ街。簡易旅館がたくさん。日雇いの労働者が集まる街。そんな街に本格的なコーヒーをあつかう喫茶店があるそうで。日雇いの人たちにこそ日本一のおいしいコーヒーを飲ませたい、とのこと。新聞記事から。
喫茶店は「カフェ・バッハ」。東京台東区本堤1丁目。ブレンドコーヒーが1杯450円だとか。客席は40席足らず。でも多い日は1日400人のお客さんが。酔っ払いはお断りだそうですが、泥だらけの服で来てもきちんとお客さんとして。イスに新聞紙をしいて、鉢巻ははずしていただいて。
開店は1968年で、かれこれ40年に。業界では自家焙煎の草分けとして有名とのこと。山谷で育った田口文子さんという方が実家の食堂を喫茶店に。田口さん、現在もカウンターに。今61歳だそうで。開店したころ、山谷には1万5千人の日雇いの人たちが。入りきれないほどの人たちが早朝から来ていたそうで。当初はマナーもなにも。でもみんなが憩えるようにと根気よくルールを。そのうち、店の外から汚れたシャツを見せて、着替えてくるよ、と目顔で知らせてくれるおじさんも。店内のたばこのポイ捨てもいつの間にかなくなったそうです。
厳しい暮らしの人たちにこそ本物を、との思いから、店主を務める田口さんのご主人がコーヒー産地など60カ国以上を自費で。74年に本格的に自家焙煎を。そして75年に改装。でも急に客足が遠のいたそうで。敷居が高くなった、という声が。本当は体格のよい労働者のために広くて頑丈なイスに変えたり、新聞が読みやすいよう照明を明るくしたり。田口さん、店の外で一人ひとりに説明を。またたくさんのお客さんが店にもどってきてくれたとか。
開店以来の常連さんが。今78歳。山谷の旅館から毎朝。居心地がいいそうで。自分の気持ちに合うんだとか。若い店員さんとの会話も楽しいそうで。きっと、もてなしのこころが若い人たちにも徹底しているのでは。田口さん「お年寄りがこぎれいにして外出し、店で言葉を交わす。囲い込む施設よりカフェのような場こそ地域には大切」と。
筆者も同感。年寄りばかり、弱者ばかりを集めるのではなく、年齢やら職業やら、いろんな人たちが交じり合いながら生きていくことこそが健全では。自然のうちに活力をもらったり癒されたり、優しい気持ちになれたり。
2000年の沖縄サミットで。晩餐会に「バッハブレンド」が選ばれたとのこと。大手スーパーからの声や銀座へ出店の誘いもあったそうですが、断ったとのこと。銀座に店を広げるより山谷を銀座にしたい、との思いから。山谷に偏見のない人の流れが生まれてほしい、とも。山谷の人たちが元気になれるから、と。
山谷に根を張る「カフェ・バッハ」。アートを庶民のものに、との当サイトの趣旨と、とても響きあうものを感じてしまって。「カフェ・バッハ」には喫茶店開業を目指す若い人たちが全国から修業に集まってくるそうで、お弟子さんの店は100店以上にも。きっと庶民のための本格的な喫茶店が「カフェ・バッハ」から日本中に。
喫茶店に限らず、庶民のための文化がいろんな分野で広がってほしいように思います。よい物をなるべく安価に。経済性や市場性、効率性だけでなく、たくさんの人がこころ豊かになれるもの。
香ばしいコーヒーの香りと満ち足りたおじさんたちの笑顔が目に浮かんで、まるでステキなアートに触れた後のような余韻を覚えた「カフェ・バッハ」の記事でした。
※朝日新聞2月19日付夕刊から。
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