2008年03月15日

■インドで感じたこと:ニューデリー、コルカタにて

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インドへは何度か行ったことが。ニューデリー、コルカタ(カルカッタ)、古い仏教遺跡のあるサンチーなど。人びとの顔立ちは、東洋でもあり、西洋でもあるような。そしてどこよりも古い歴史をもつ国。多くの言語と多くの人口。

コルカタではあまりの人の多さに圧倒され、物乞いをする子どもたちに囲まれて、貧富の差の激しさにこころがひりひりするような感覚を。駅のホームには行き倒れたのか、白布に包まれて横たえられた人。

10年ほど前にはニューデリー滞在中にイスラムとヒンズーが衝突、一週間ほどホテルで足止めを。オールドデリーの中は外出禁止令が出され、違反者にはショットオーダー(狙撃命令)が。ホテル内は平穏でしたが。日本では感じることのない出来事、事実が目の前で。

赤色砂岩の建物。古い仏教遺跡にも赤色砂岩が。町を歩く象や牛。照りつける日差しのもと、美しいサリーをまとった女性たち。エアコンの効いた快適なホテルの部屋と、エアコンも間に合わない暑さの戸外を走る車内。

ニューデリーには州ごとの特産工芸のマーケットが。美しい織物や手工芸の数々。手作りなのに驚くほど安価。生産者の収入の低さを物語っていました。その中でパトラという高級織物が。非常に精巧な絣織物で、数十年前の時点ですでに技術保持者は数名のみ。今どうなっているのか。

およそ何もかもが日本とは違っていて。美しい彫刻に美しい織物。インドという国を訪れてみて、作品からだけではわからない風土の違い、さまざまな人びとの営みを感じることができたようです。
※画像:インドの伝統織物・パトラ。ソニア・ガンジー女史もサリーとしてまとっていました。

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2008年03月04日

■中国の集合住宅:文化財に住む人びと:福建省の「土楼」のこと

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ドーナツ型の大きな木造の家。大きいものは直径が73mも。それぞれ土壁で囲まれていて。「土楼」というそうで。一つの土楼に一族百人あるいは数百人が共同で生活を。福建省南部には百の土楼が群集しているところも。国の文化財に指定された土楼も。世界遺産にも申請中とか。中国・福建省のちょっとめずらしい建物。

古いのは1709年の建築も。住んでいるのは遠く中国北部から移り住んできた中国人たちの子孫。「客家」(ハッカ)と呼ばれる人たち。客家は福建省のほか広東省などにも。客家には1000年以上の歴史が。移民なのでなかなか土地が持てなくてみんないっしょに山間部に離れて。土壁をめぐらした円形の建物は外敵の侵入を防ぐため。そして独自のことばや文化を守って。祖先が移り住んで24代というおばあちゃんも。

土楼は3階建てが基本とか。たくさんの小部屋がずらっと。真ん中の広い庭で炊事に洗濯、おしゃべりを。カモや豚やにわとりも。山間部なので農業が多いそうですが出稼ぎも。一人っ子政策の中国なのに客家には子どもが多い家庭も。さっきのおばあちゃんには子ども8人に孫が5人。食堂兼民宿を営む男性には4人の子どもが。約10万円の罰金をはらってまで政策に反して男の子を生んだとか。

アメリカに親類がいて水道をひく資金1500ドルを土楼におくってくれたそうで。じつは客家には国内外で活躍する著名人が多くて。孫文にトウ小平、台湾の李登輝前総統、シンガポール、タイの首相も。客家は世界中に7000〜8000万人とも。

国外に住む中国の人びとを華僑とよびますが、客家には華僑が多いとのこと。華僑もとても歴史が古くて。客家や華僑の人びとからは、中華民族のバイタリティーを感じずにはいられません。

ドーナツ型の形からは一族の結束のかたさが感じられるようにも。そして世界中へ。多くの人材を世界中に輩出し、時代を創造しゆく人びとが陸続と。ある新聞記事は展望台からながめた土楼をUFOみたいだと。客家の人びとのバイタリティーを思うと、巨大なドーナツが本当にUFOのように飛び上がりそうな感じさえするようです。
※画像:ボート遊びをしていたのは中国人のご家族でした。東京・立川の昭和記念公園で。06年2月。

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2008年02月28日

■渋滞を楽しむ:星野知子さんのコラム記事から

hinoterumasa.jpgタレントの星野知子さん。あるとき車で鎌倉見物。さらに江ノ島へ。名物の新鮮な海産物を目当てに。でもラッシュ時でもないのに海辺の国道が渋滞。そのわけは。とても贅沢な渋滞だったそうで。

ふつうならイライラするところなのに、この時はちがったそうで。海のかなたに夕焼けが。大きな太陽がゆっくりと。めったに出会えない美しい光景だったとか。じつは国道を走るドライバーみんなが夕日に見とれていたらしくて、夕焼け渋滞といったところ。

あまり速くもない江ノ電に追い抜かれたり、砂浜を散策する人たちの黒いシルエットに心ひかれたり、だったとか。浜辺の光景というのはロマンティックなもの。それに夕日がくわわれば。目に浮かぶような気がします。そして夕日が海に沈むころ、渋滞も終わったそうで。

星野さんのエッセイを読んでいて思い出した写真が画像。30年以上前のレコードジャケット。ジャズトランペッターの日野皓正「ジャーニーイントゥーマイマインド」。若いころの日野一家が静岡県沼津の海辺を散策する様子。好きな写真です。演奏も、こころに染み渡るようなトランペットの無伴奏ソロがあって。

じつは筆者、少しぐらいの渋滞なら、あまりイライラしないほうで。朝の出勤時や急用でもないかぎり。渋滞にさしかかると、高速で走り続ける緊張感から開放されて、ホッとする、といったところ。そして景色を楽しんだり、同乗者がいれば冗談を言い合ったりすることも。でも一人のときは空想にふけることが多いようで。

そういえば、以前紹介したスウェーデンのお話。スーパーのレジや銀行のカウンターで待たされても気にもしないような国民性。ひよっとしたら北欧の人たちって、渋滞になってもあまり気にしなかったりして。

星野さん。海辺で見た人たちについて。幼い子どもをつれたお母さん、ジョギング中の若い人、犬の散歩、走り回る犬に飼い主に。それぞれが日常のひとコマなのに、幸せそうに見えたそうで。旅人の自分にとっては特別の光景だったとか。

渋滞のお話。イライラしてもどうしようもなくて。しかも車に乗っていればしょっちゅう出くわすのでは。急ぎでなければ気分を変えてみたら。一人なら好きなCDでも。見慣れない景色ならちょっと眺めを楽しんだり。星野さんのエッセーを読んで、渋滞でも、何か、アートな気分になれるような気がしました。

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※関連記事
■心を旅するトランペッター:日野皓正の演奏から
■北欧の心温かい人たち:スウェーデン・ストックホルムにて
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2008年02月24日

■水中カメラマン中村征夫さんの原体験:秋田県の八郎潟の自然とともに

akigawa3.jpg以前にも取り上げたことのある水中カメラマン中村征夫さん。子どもの頃の原体験を語ったインタビューが以前新聞に。干拓前の八郎潟の豊かな自然のことなど。

高校卒業まで秋田市の近くの自然豊かな町に。幼時は山の中の農家に預けられていたそうで。一日中、山や川を遊び場に。冬は上級生たちと山にウサギ狩り、夏は川にカエルや魚を。幼時から自然の動物たちとの交感を毎日のように。

4歳の時に実家のある八郎潟の近くへ。干拓前だったそうで。八郎潟は当時琵琶湖に次ぐ広さ。よく泳ぎに行っていたとか。農業用地として利用するために干拓されていたのは、筆者も小学校の頃に社会科で習った記憶が。自然開発の代表的な大規模事業として鮮明な記憶が。でも泳げる場所だったというのは意外な感じが。

八郎潟での中村さんの体験。岸から数十メートル入っていくと底が玉砂利のように。足の裏の感触。足の指でつかんでみたらヤマトシジミ貝だったそうで。湖底一面が貝で埋め尽くされていたことに。八郎潟の自然がものすごく豊かだったことをうかがわせるお話。今だったら、世界自然遺産の候補にだってなりそうな豊かさでは。

お母さんを早く亡くされて、家族に負担はかけたくないと高校卒業と同時に東京へ。サラリーマンに。でも就職した電気店は1年で退職。一生かけてやる仕事ではないと思ったとか。次の働き先の酒店でも心のなかがももやもやと。そんな時に水中カメラマンという仕事に出会ったとのこと。

確か、海辺で海からカメラをかかえてあがってくるカメラマンに出合って衝撃を受けた、とあるテレビ番組で話されていた記憶が。でも水中カメラマンを仕事にして食べていくだけでも大変でしょうし、ましてそれですばらしい写真を撮って有名になるというのは並大抵のことではなかったはず。

中村さん、水中カメラマンとの出会いについて。子どもの頃、夢中で遊んだ秋田の原体験があって、全身を使って何かに体当たりする仕事を求めていたからではと。夢中になって体当たりしつづける生き方を幼時から身につけていたから、すばらしい水中カメラマンになれたことは間違いないようで。

筆者、生まれも育ちも九州の福岡市。子どもの頃は夏休みごとに母方の故郷の壱岐の島へ10日ほど。毎日のように海へ。水泳を覚え、魚釣りにヤドカリ採り、ウニやイソギンチャクに見とれたり。そして山へもセミやカブトムシなどの虫取りに。同じ年頃の大勢のいとこたちとスイカ割りやら花火やら。子ども時代のもっとも楽しい思い出に。

今の住まいの八王子は町中ですが、幸い自然も少なくなくて夏には子どもをつれて川遊びを。プールと違ってどこにでもある遊具ではなく、いろんな種類の魚や大きなオタマジャクシや水生昆虫がたくさん。夢中になってドジョウや鮎を追いかけたり。

中村さんの幼年期の自然体験の豊かさが少しは想像できるような気がします。八郎潟と水中カメラマン。豊かな自然体験とアーティスト。中村さんのような優れたアーティストにはなれなくても、豊かな自然体験が人としての心の豊かさにつながるのは間違いないのでは。

生きることは楽しい、と感じることのできる子ども時代を送らせてあげたいような。夢中になれる喜び。それが自分の人生を実り豊かなものにしてくれるのでは。将来どんな仕事を選ぶにしても、経済的に豊かかどうかは別にしても、人生辛いことは避けられないにしても、何かに夢中になって心豊かな人生を送られるかどうかがとても大切な感じがします。

アートは心の喜び。でもアーティストでなくても、アートそのものに触れなくても、何かに夢中になって生きられる喜び。中村さんの姿から、そんなことを思ってしまいました。ゲームや人工物のもつ魅力には限界が。でも自然の恵みは無限の想像力をかき立ててくれるようで。

中村さん。秋田へ帰ると今も同級生と飲んだりするそうで。秋田にいる人たちより秋田弁がひどいとか。昔の自分から変わってはいけない、という思いが強いのかも、と。秋田も自然や風景、人情をそのままに、との願いをインタビューの最後に。

秋田の自然が育んだアーティスト。自然環境や景観の大切さが叫ばれるようになった昨今ですが、アートの世界だけでなく、人の心をふくめて、美しさが大切にされる世の中に向かいつつあるようで、心がほんのりあったまった中村さんの記事でした。

※画像:八王子市近郊を流れる秋川。夏は川遊びの人たちがたくさんやってきます。
※中村征夫さんのインタビューは読売新聞07年2月15日付朝刊。
※中村征夫さん関連記事
■津波で被災した奥尻島の人びとからの思いやり:写真家・中村征夫氏の目に涙

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2008年02月22日

■優しさを育むものは:世代を超えて通じるもの

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60代のおばあちゃん。初孫が小学生に。お母さん、勤めることに。お孫さん、放課後は学童保育へ。母親から離れて一人で帰宅することに。おばあちゃん、気になって後をつけたり先回りしたり。今は優しい中学生とか。優しさを育むものとは。あるおばあちゃんのコラム記事から。

子どもさんの小学校入学を機に再び勤めだしたお母さん。その姿を喜ぶおばあちゃん。お母さん、自分のことは自分で、と子どもさんに。でもおばあちゃん。母親べったりだったのに、お母さんから離されるお孫さんがかわいそう、と。夕方になるとそわそわ。

おばあちゃん。バスで50分かかる学童保育所へ。子どもたちを尾行したんだとか。一人でカギを開けて家に入るのを見とどけて。翌日も。帰宅コースの途中、友だちと別れて一人になる場所へ。薄暗くなって一人で歩き出した一年生。涙がこぼれたそうで。手を振ってあげたら飛んできて。ママが帰るまで家にいてね、と。その時のことが忘れられないそうで。

自立心を育てたいお母さん。さみしい思いに心を寄せるおばあちゃん。お母さんとおばあちゃんの間で葛藤もあったでしょうに。でもじょうずに理解しあっておられたのかも。そんな心遣いの雰囲気は、子どもにも自然に伝わるのでは。もう中学生になったそうで。思いやりのある優しいサッカー少年だとか。

思いやりのある子というのは、愛情豊かに育てられているのでは。子育てに責任を感じるお母さん。時には厳しさも。でも無条件に愛情を注ぎたいおばあちゃん。高齢化社会になって、子どもたちがそんな愛情の中で成長していけたら。

アートに触れて心豊かに、ということもありますが、心豊かであってこそ、アートをより深く味わえる、ということも。

口やかましいお母さんや頑固なお父さんでも、おばあちゃんやおじいちゃんの優しさがあれば。働きざかりの両親が忙しくてかまってあげられなくても、おばあちゃんやおじいちゃんがいてくれたら。

高齢化社会にはそんな面もあるのでは。60代の若いおばあちゃんのコラム記事を読んで、ふとそんなことを。私も心優しいおじいちゃんになれますように。
※画像:ぽかぽか陽気の春うらら。東京、06年4月。

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ラベル:優しさ
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2008年02月21日

■芸術家と恋人たち:ユゴーとジュリエット・ドルーエ、ショパンとジョルジュ・サンドのこと

uminoyugure.jpg
フランスの大文豪ヴィクトル・ユゴー。民衆の自由のために19年間もの亡命生活に耐え抜き、その間数々の名作を。ユゴーには生涯の恋人がいて、亡くなるまで献身的にユゴーに尽くしました。ユゴーの亡命先全てに同行し、ほぼ生涯にわたって執筆活動を支え続けたのです。彼女の名はジュリエット・ドルーエ。

いっぽう、ユゴーと同時代の女流文学者にジョルジュ・サンドが。天才ピアニスト・ショパンを愛し、彼の創作活動を9年間支え続けました。彼女の言葉「強い者が私の側にいることはありません。私は苦しみ疲れた人の世話に慣れていて母性本能をかき立てられるのです」。

男まさりのサンドの言葉はともかく、こちらはいずれも芸術家。互いに啓発しあうものがあったのでは。偉大な芸術家たちの作品とともに、彼ら、彼女らのロマンスもまた美しい物語といえそうです。
※画像:ロマンチックな海の夕暮れ。神奈川・八景島にて。05年夏。
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2008年02月17日

■銭湯のお話:ご近所づき合いの智恵を親から子へ

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銭湯といってももうピンとこない人のほうが多いかも。銭湯が舞台のテレビドラマ「時間ですよ」がはやったのは数十年前。でも温泉や健康ランドは今でも。温泉など、現代にも通じる昔の銭湯のエピソードを少し。
 
筆者。子どものころ親と銭湯へ。家にお風呂はあっても足しげく。広い湯船が気持ちよくて。風呂上りに買ってもらえる冷たいジュースもお楽しみ。友だちと会ってさわいだり。叱られたことも。でも混んでいると気を遣いあって。髪洗いの順番や隣の人に湯がかからないように。

ところでお江戸の話。「浮世風呂」というお風呂がテーマの読み物も。お風呂では武士も刀を取って裸づき合いだったとか。湯船につかってゆっくりと、というのは今も昔も変わらぬ快感。裸同士の世間話も楽しみの一つだったようで。愚痴がこぼれたり景気がどうのと当たり障りのない話など。銭湯はいわば庶民の社交場。銭湯での裸づき合い。ご近所同士が一緒になれば、互いに気持ちよく、というのが人情というもの。

ところで子どものころの筆者と同様、江戸の昔も親子連れで。自然に親同士の裸づき合いを子どもなりに見て育っていたそうで。譲り合いやあいさつや。互いを気遣う心がけ。今風に言えば公共マナー。

思えば、親子で近所づきあい。このごろはどうなのでしょう。お父さんには機会が少ないのでは。お母さん方は。未就学の子どもたちを近所の公園で遊ばせながら親同士が世間話というイメージが筆者には。でも小学校にあがると親子でご近所づき合いという機会はぐっと減るのでは。筆者にとって親子そろってのご近所づき合いは町内会の運動会や秋祭り。もうちょっと交流の機会があってくれたら、という思いも。
ゆったりとくつろげて、気心を通じ合えて、近所づき合いの智恵を子どもたちにも。銭湯にはそんな機能もあったことに。銭湯に代わる場所はなかなか思いつきませんが、いつか地域社会にそんな場所ができたら。

たとえば美術館や博物館。無料開放のロビーが。そこで親同士がコーヒーなどを飲みながら子どもたちを遊ばせられるスペース。小学生あたりまでが親子で楽しめるものがあるといいのかも。文化的なゲームやおもちゃがあったり。ある意味ではおもちゃもアート。近所の親子同士が触れ合えば、自然と社会性も身につくはず。車社会なので多少は遠くても。文化の香りを味わいながら安くて美味しいコーヒーを。ハンバーガーショップにはそんなコーナーがじっさいに。その美術館版。美術館には集客効果が。親子には文化とくつろぎと交友と。

ご近所の○○○というテレビ番組がありましたが、何かそんなアイデアも具体的に考えてほしいような。美術館でなくても、近場の公民館なんかのほうが利用しやすいかも。ご近所同士の余計な摩擦がぐっと減るのでは。

筆者、時どき健康ランドや温泉へ。もうしばらくは子どもと一緒にお風呂も。今度行く時はさりげなく昔のお風呂の話なども。ゆったりした気分で親子の会話を楽しみながら。

※画像:銭湯とペンキ絵と。江戸東京たてもの園にて。

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ラベル:銭湯 お風呂
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2008年02月10日

■しぐさに心をこめて:江戸っ子のセンスを再び

karekitosakura.jpg
目つきや表情、身のこなし。そこに思いをこめて。百万都市・江戸には昔も全国から人びとが。文化の違いを上手に受け流す智恵とセンス。見た目も雰囲気も、なかなかステキそう。

九州と東北。関東と関西。山国と漁村。言葉も違えば風習も。そこでは思わぬまさつや軋轢が。そんな中で気持ちよく暮らしていくための智恵が。「江戸しぐさ」というそうで。

人ごみや狭い道ですれ違うとき。お互いに肩を後ろに引くんだとか。体が触れ合わないだけでなく、相手への気遣いをお互いに。心も体もぶつからず。「肩引き」というそうで。

雨の日。人のいない方へ傘を傾けてすれ違い。しずくが相手をぬらさぬように。「傘かしげ」。憂鬱な雨さえ、相手への心遣いの小道具に。

ともに子どものころに身につけていたそうで。今なら車社会で似たようなことが。車列に横から入るとき。譲ってくれた後続車にハザードランプの点滅でお礼を。狭い道で対向車とすれ違い。脇へ寄せて待ってくれたら小さなクラクションの音でありがとう。タイミングが合わなくて出来ないときもありますが。

ちょっとした心遣いで相手も自分も気持ちよく。でもちょっとした行き違いで一日不愉快な思いをすることも。人の心って、ちょっとしたことがとても大切そう。

車社会なら、免許をとるときに、交通法規や安全運転にくわえて、そんな心遣いも身につけさせてもらえたら。相手への心遣いの伝え方。それもマニュアル化して。

車社会以外でも、人ごみや電車の中でできる「江戸しぐさ」はないのやら。小さな気遣いでも疲れた心がほぐれるかも。車社会でできるのなら、電車や人ごみでも出来ることがありそうな。知らない同士だからこそ、心が触れ合えたら喜びもきっと。

小さな心遣いを大切に。アートでは、美は細部に宿る、とも言いますし。
※画像:満開の桜の美しさも、小さな花びら一つひとつの美しさから。東京、06年4月。

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2008年02月08日

■好きな建物・ちょっとローカルなところから:福岡市・天神ビルのこと

piroty.jpg
郷里の九州・福岡市に好きな建物が。戦後、多分昭和20年代〜30年前後にできたビル。福岡市の繁華街に。天神ビルといってオフィスビル。

チョコレート色一色で高さは10階建てぐらい。縦横50mほどか(計測していないので目分量の記憶で)。横長の大きなサッシ窓が各階ごとに間隔を置いて整然と上下左右に。窓枠の角は鋭角ではなく、丸みをおびてやわらかい感じ。一階部分は周囲がピロティになっていて、太く四角い柱が間隔を置いて。ピロティがビル全体の重厚さを和らげる役目を。

色やデザインなど、自己主張の強いビルが多いなかで、シックで落ち着いた感じが何とも。音楽でいうと、フォルテシモやピアニシモが生きるのは、穏やかな部分が芯にあるからでは。

アートには調和もあれば破調も。非対称、不均衡などいろいろですが、一つの作品には全体としてのまとまりなり意図が。福岡は城下町。中心部にはかつて武士の町、商人の町、職人の町というような区画が。そうした性格が下地にあって、市街地が出来上がっていて、全体としてのまとまりが感じられるよう。私にとってはその中心が天神ビル。

個人的な思いとしては、都市というのは、たとえば天神ビルのような基調となる建物があって、それを基準にフォルテやピアノ、破調や非対称があるといいのに、と思うのです。そういえば、ニューヨーク・マンハッタンの中心部。大通りが縦横に整然と並ぶなか、ブロードウェイが斜めに貫通していて破調が生まれ、心地よい感じがします。

おそらくは日本独自の芸術である茶道。絵や工芸、建物にお庭、お花、お香、そして仕草まで。あらゆるものをその場その場で取り合わせながら、毎回異なった美感を生み出しつつ全体観が保たれる世界。こういう文化が、都市景観にかぎらず現代の日本に生かされないものかと思います。世界に通用する現代文化になりうると思うのですが。

※画像:ピロティのあるビル。福岡・天神ビルとはかなり雰囲気が違いますが。東京、05年8月。
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2008年02月07日

■梅におう奈良へ:俳人・種田山頭火の春

fuyunotsuki2.jpg
漂泊の俳人・種田山頭火。俳句の友をたずねて奈良へ。2月の梅のころ。山頭火がおとずれたという町屋がいまも。喫茶店に。

山頭火。生家は山口県の大地主。ところが11歳のとき母が井戸に身投げを。早稲田大学にすすむものの神経衰弱で中退。郷里で結婚して家業の造り酒屋を。でも父と自分の酒癖もあり破産。新たに熊本ではじめた古本屋も失敗。一人東京へ。そして離婚。そのご弟と父もみずから命を。関東大震災にあい、熊本の元妻のもとへ。そして生活苦から自殺未遂。でも市内の住職に救われて禅僧の道へ。

山頭火にとって俳句とは、と思いたくなるような人生。山頭火がおとずれた奈良の町屋。今は喫茶店となったそのご主人。山頭火の行脚は母親の供養のような気がします、と。奈良に来たころは50代半ば。死に場所も求めていたのでは、とも。

薬師寺など、奈良の寺をめぐったという山頭火。奈良近郊での句。

どこで倒れてもよい 山うぐいす 後になり先になり 梅にほふ

過酷な人生を背負いながらなお生きて旅をつづける自分。うぐいすの声に春を思い、梅の香りにふと立ち止まったり。

山頭火ほどでなくとも、人生にはさまざまな出来事が。ときに耐えがたいことも。支えとまではいかなくても、ともに歩んでくれる伴侶ぐらいにはなってくれそうな。山頭火にとって俳句とはそんな感じが。

俳句を通じて友を得て、春を感じ、季節とともに生きていける。人生と芸術について思わずにはいられない山頭火の人と作品。57歳まで生きて俳句をよんでくれてありがとう、といいたくなるような山頭火の人生では。

※喫茶店は古書喫茶「ちちろ」
〒630-8282奈良市南半田西町18-2
※画像:さみしげな冬の月。東京、06年1月。
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